くすりを知るシリーズ⑧

薬剤師 NK

アルツハイマー病と認知症治療薬の最新動向

皆さんは ”アミロイドβ(Aβ)” という物質をご存じでしょうか?
この物質は、アルツハイマー病という認知症の一種に深く関わっています。この病気を発見したのは、ドイツの医師アロイス・アルツハイマーで、1906年に初めて報告されました。彼の研究により、Aβという異常なたんぱく質が脳に蓄積することがアルツハイマー病の特徴であるとわかりました。
2025年は、この”アミロイドβ(Aβ)”の命名から120年の節目となります。今回は、認知症やアルツハイマー病の治療に関する最新情報についてお伝えします。



 

認知症とアルツハイマー病の違い

 

まず、認知症とアルツハイマー病は同じものではありません。
認知症:記憶力や判断力が低下し、日常生活に支障をきたす状態全般を指します。

アルツハイマー病:認知症を引き起こす疾患の一つで、認知症の約67.6%を占める最も一般的な原因です。この病気ではAβが脳内に蓄積し、神経細胞が破壊されることで脳の萎縮が進行します。




 

認知症リスクを高める14の要因

最近のLancet誌では、認知症のリスクを高める14の要因を挙げています。これらの要因を改善することで、認知症の発症を最大45%遅らせたり予防したりできる可能性があるとされています。
1. 教育不足(若年期)
2. 頭部外傷
3. 聴覚障害(中年期)
4. 高血圧
5. 肥満
6. 過度の飲酒
7. 喫煙
8. うつ病
9. 社会的孤立
10. 運動不足
11. 糖尿病
12. 大気汚染
13. 視力障害
14. 高LDLコレステロール


これらの要因のうち、特に中年期における高血圧や高LDLコレステロールの管理が重要です。健康診断で早めに異常を発見し、必要に応じて治療を開始することが推奨されています。




 

現在の治療法

アセチルコリンエステラーゼ(AChE)阻害剤
アルツハイマー型認知症の治療に広く用いられている薬剤です。この薬は、脳内の神経伝達物質 “アセチルコリン(Ach)” の分解を抑制し、シナプス間隙でのAch濃度を上昇させることで、神経伝達を促進し認知症の症状を改善します。
ドネペジル:軽度から重度の認知症に使用されます。不安や抑うつを軽減する一方で、不眠や攻撃性などの副作用も報告されています。
ガランタミン:混合型認知症にも効果があり、1日2回の服用が必要です。
リバスチグミン:貼り薬として1日1回使用でき、負担が少ないのが特徴です。



 

注目の新薬:Aβを標的とした治療

近年、Aβそのものを直接攻撃する抗体医薬品が開発されています。
レカネマブ(エーザイとバイオジェン共同開発):軽度認知症の進行を抑える薬で、2週間ごとの投与が特徴です。
ドナネマブ(イーライリリー社):Aβを除去する抗体薬で、軽度認知症患者に使用されます。臨床試験で進行を29%抑制する効果が確認されています。



 

コレステロールと認知症の関係

最近の研究で、Aβの蓄積にはコレステロールが関与していることがわかりました。特にLDLコレステロール(いわゆる「悪玉コレステロール」)が高いと、認知症のリスクが増加する可能性があります。そのため、中年期からコレステロール値を管理することが重要です。
ApoE遺伝子:ApoEはコレステロールを神経細胞に運ぶ役割を持っていますが、この遺伝子の「ε4型」は、Aβとの結合が強く、Aβの蓄積を助長します。ApoE-ε4型遺伝子を持つ人はアルツハイマー病のリスクが高いとされています。
スタチン:高コレステロール状態では、ApoEの働きが変化し、Aβの生成と蓄積が増加します。高コレステロール治療薬であるスタチンは、ApoEとAβの相互作用を抑制し、認知症リスクを低下させる効果が期待されています。




 

認知症予防のためにできること

認知症は完全に予防することは難しいですが、発症リスクを減らす生活習慣があります。

1. 運動:適度で定期的な運動はAβの蓄積を防ぎ、脳の健康を保ちます。
2. 睡眠:質の高い睡眠は、脳内の老廃物を洗い流す効果があります。
3. 知的活動:読書やパズルなど、頭を使う活動が脳の刺激になります。
4. 食生活:バランスの良い食事、特にオメガ-3脂肪酸や抗酸化物質を含む食品が推奨されています。また、地中海式の食事(野菜、魚、オリーブオイル中心)やDASH食(高血圧予防食)は、認知症予防に効果があるとされています。
5. ビタミン:ビタミンB₁の欠乏は認知症様の症状を引き起こすことがあり、補充によって改善する場合があります。また、ビタミンB₁₂はアルツハイマー病の予防に役立つ可能性があるとされています。




 

まとめ

アルツハイマー病や認知症の治療法は進化を続けています。新薬や予防法が次々と開発され、希望が広がっています。健康的な生活習慣を意識しながら、最新の情報にも目を向けていきましょう。





 

【参考資料】
1)アルツハイマー病の発見:Masahito Watanabe. アルツハイマー病の発見者:Alois Alzheimer Discoverer of Alzheimer’s disease: Alois Alzheimer. 保健医療学雑誌. 2015, 6 (2), 56-61.
2) 認知症とアルツハイマー病の違い
3) ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンの特徴と副作用
4) ドナネマブ、レカネマブの効果と承認状況:新留 徹広 et al. 新規アルツハイマー病治療薬レカネマブ(レケンビ®点滴静注200 mg,500 mg)の作用機序と臨床試験成績. 日本薬理学雑誌.  2024, 159 (3), 173-181.
5) LDLコレステロールがAβ蓄積に与える影響:道川 誠. 脂質とアルツハイマー病. 日老医誌. 2014, 51, 109―116.
6)APOE遺伝子の影響:Wybitul Maha et al. Trajectories of amyloid beta accumulation - Unveiling the relationship with APOE genotype and cognitive decline. Neurobiology of Aging. 2024, 139, 44-53.
7)スタチンが認知症リスクを低下させる可能性:Tahmina Nasrin Poly et al. Association between Use of Statin and Risk of Dementia: A Meta-Analysis of Observational Studies. Neuroepidemiology. 2020, 54(3), 214-226.
8)認知症リスク因子に関するLancet報告:Livingston, G., et al. Dementia prevention, intervention, and care 2024. The Lancet. 404 (10452), 572-628, 2024.
9)認知症予防にビタミンが効く?:Sudha Seshadri et al. Plasma homocysteine as a risk factor for dementia and Alzheimer’s disease. N Engl J Med. 2002, 346(7), 476-83.Gwenaëlle Douaud et al. Preventing Alzheimer’s disease-related gray matter atrophy by B-vitamin treatment. Proc Natl Acad Sci U S A. 2013, 110(23), 9523-8.