くすりを知るシリーズ⑤
薬剤師 NK
五感に作用するくすりとウェルビーイング
今の時代、高齢になると「健康で長生きする」ことが目標になりますが、それは体の病気を防ぐだけではなく、心や感覚を元気に保つことも大切です。心身ともに豊かで幸せな状態を保つことを「ウェルビーイング」と言います。ウェルビーイングは、体や心、そして社会とのつながりがバランスよく整っている状態を指します。特に高齢者にとって、日常生活を楽しむためには、視覚や聴覚、嗅覚、味覚、触覚といった「五感」を健康に保つことが大切です。
しかし、歳を重ねると、これらの感覚が少しずつ弱くなってしまうことがあります。それにより生活が不便になるだけでなく、楽しみや心の豊かさも失われがちです。そんな時に役立つのが、五感を助ける薬です。ここでは、五感にどのような薬が効くのか、またそれがウェルビーイングにどう関わるのかを簡単に紹介します。
1. 視覚(目)を助ける
目は私たちが多くの情報を得るための大切な感覚です。高齢者には、白内障や加齢による目の病気が多く見られます。これらが進むと、視力が低下し、日常生活に支障をきたします。以下の薬が視力をサポートします。
- 抗VEGF※薬(ルセンティス、アイリーア):加齢黄斑変性症の進行を抑え、視力を維持・改善します。(※VEGF:血管内皮増殖因子)
- ピレノキシン、グルタチオン点眼薬:白内障の進行を抑え、視覚の質を保ちます。
これらの薬を使うことで、目が良く見えるようになり、本を読んだり、テレビを楽しんだりと、日々の楽しみが増え、心の健康にも良い影響を与えます。
2. 聴覚(耳)を助ける
耳は、家族や友人との会話や音楽を楽しむために必要な感覚です。高齢になると、聞こえが悪くなることがあります。これは孤独感やストレスを引き起こすこともありますが、以下の薬で聴覚の改善をサポートします。
- ベタヒスチン:内耳の血流を改善し、めまいや耳鳴りを軽減します。
- メクロフェノキサートやカルバマゼピン:内耳の神経を保護し、聴覚を維持します。
- ビタミンB12:神経の健康を維持し、聴覚の低下を防ぎます。
これらの薬を使うことで、家族や友人との会話が楽になり、音楽などの楽しみも増え、心の健康が保たれます。
3. 嗅覚(におい)を助ける
においを感じる嗅覚は、食事を楽しむために大切な感覚です。嗅覚が鈍ると、食べ物の匂いが分からなくなり、食欲が減ることがあります。また、ガス漏れなどの危険も感じにくくなります。
- 抗ヒスタミン薬やステロイド点鼻薬:アレルギー性鼻炎や慢性副鼻腔炎による嗅覚障害を改善し、嗅覚を正常化します。
においを感じやすくすることで、食事を楽しめるようになり、生活の質が上がります。さらに、香りにはリラックス効果があり、ストレスを減らす効果も期待できます。
4. 味覚(味)を助ける
味覚は食べ物を楽しむために欠かせない感覚です。高齢者になると味を感じにくくなり、食事が楽しくなくなることがあります。以下の薬が味覚をサポートします。
- 酢酸亜鉛、ノベルジン:亜鉛不足による味覚障害を改善します。
- ピロカルピン:唾液分泌を促進し、味覚を改善します。
これらの薬で味覚が改善されると、食事が楽しくなり、栄養バランスも整いやすくなります。食事の楽しみが増えることで、心の満足感も向上します。
5. 触覚(感触)を助ける
触覚は、温かさや冷たさ、痛みや圧力を感じる感覚です。高齢者では、手足のしびれや痛み、感覚が鈍くなることがあります。
- ガバペンチンやプレガバリン:神経の過敏性を抑え、しびれや痛みを軽減します。
- ビタミンB群(特に、ビタミンB1、B6、B12):神経の健康を維持し、触覚の改善に寄与します。
触覚が改善されることで、物をつかんだり体温を感じたりする力が戻り、転倒のリスクが減ります。また、痛みが減ると日常生活が楽になり、心も穏やかになります。
ウェルビーイングの向上に向けて
五感に作用する薬は、単に感覚を良くするだけでなく、日々の生活を楽しむための力になります。視覚や聴覚、嗅覚、味覚、触覚のどれかが弱くなると、生活の質が下がり、心も沈みがちです。しかし、これらの感覚を改善する薬を活用することで、心と体のバランスを保ち、毎日を楽しく過ごすことができるようになります。
薬を上手に使いながら、健康管理や生活環境を整えることも大切です。これからも、薬剤師として、高齢者の皆さんが五感をフルに活用して、豊かな生活を送れるようサポートしていきたいと思います。
(参考)
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