くすりを知るシリーズ④
薬剤師 NK
アスピリンやモルヒネでは効かない痛みに対する挑戦
私たち富山常備薬の薬剤師は、関節痛や神経痛など様々な痛みで悩まれているお客様と毎日電話でお話しています。痛みはどなたにとっても避けられない経験です。多くの場合、アスピリンやモルヒネといった従来の鎮痛薬で対処できますが、これらの薬剤では効果が不十分な痛みも存在します。今回は、そのような難治性の痛みに対する新たな治療法についてお話しします。
アスピリンとモルヒネの基本的な作用機序
まず、アスピリンとモルヒネの基本的な作用機序について理解していきましょう。
アスピリンは、非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)の一種で、シクロオキシゲナーゼ(COX)酵素を阻害することで炎症を引き起こすプロスタグランジンの生成を抑え、痛みを軽減します。一方、モルヒネは、オピオイド受容体に作用し、痛みの信号伝達を遮断することで強力な鎮痛作用を発揮します。特に急性痛や重度の慢性痛に効果的です。
しかし、これらの薬では対応しきれない痛みが存在します。特に神経の損傷や機能異常に起因する痛みや身体全体に広がる慢性的な筋肉痛など、従来の鎮痛薬では十分な効果が得られない痛みに悩む患者様は少なくありません。神経障害性疼痛1)や線維筋痛症2)、アロディニア3)などの慢性的で難治性の痛みは、患者様の生活の質(QOL)に深刻な影響を及ぼします。
1) 神経障害性疼痛:神経の損傷や機能異常により生じる痛みで、しびれや電撃様の痛みを伴うことが多いです。
2) 線維筋痛症:慢性的な全身に広がる筋肉痛や圧痛が特徴です。
3) アロディニア(異痛症):通常では痛みを感じない刺激に対して痛みを感じる状態で、帯状疱疹後神経痛や神経障害性疼痛の一部として現れます。
新たな治療法
このような難治性疼痛に対しては、従来の鎮痛薬とは異なるアプローチが必要です。
神経障害性疼痛には、ガバペンチンやプレガバリンといった抗てんかん薬、デュロキセチンなどの抗うつ薬が有効であることがわかっており、これらは痛みの伝達経路に働きかけ、神経の過敏反応を抑制します。また、リドカインパッチやカプサイシンクリームといった局所麻酔薬は、痛みを特定の部位で抑えるために用いられ、アロディニアなどの症状に対しても効果的です。
さらに、カンナビノイド系薬剤(本邦では未承認)や神経ブロック、電気刺激を用いた神経調節療法(ニューロモジュレーション)といった治療法も難治性の痛みに対して新たな可能性を提供しています。また、再生医療の技術を応用した治療法が進展しており、神経幹細胞治療や遺伝子治療により神経の修復や再生を促し、痛みの根本的な解決を目指す研究が進んでいます。
薬剤師として、これらの新しい治療法を理解し、個別化医療の観点から患者様ごとに最適な治療法を提案することが求められます。また、薬物治療と非薬物治療(理学療法や心理療法など)のバランスを考慮しながら、患者様への教育や副作用管理(早期発見と対策)に注力することが重要です。さらに、医療チームとも連携して、患者様に最適な治療計画を提供することも薬剤師の大切な役割となります。
今後の展望
難治性疼痛の治療にはまだ多くの課題が残されているものの、神経科学や分子生物学の進歩により、より効果的で副作用の少ない新しい治療法の開発が期待されています。
特定の痛み受容体をターゲットにした高い選択性の薬剤や個々の患者様の遺伝子プロファイルに基づいたテーラーメイド治療など、革新的なアプローチが研究されています。さらに人工知能(AI)やビッグデータを活用した痛み管理システムの進展により、より精密な痛みの評価と治療効果の予測が可能になるものと考えられています。薬剤師として、患者様のQOLを向上させるために、常に最新の知識を持ち、適切な薬物療法の提案に尽力していきたいと考えています。
(参考)
- 神経障害性疼痛に対する抗てんかん薬・抗うつ薬の効果:Finnerup, N. B., et al. (2015). Pharmacotherapy for neuropathic pain in adults: a systematic review and meta-analysis. The Lancet Neurology, 14(2), 162:173.
- 局所麻酔薬の効果:Derry, S., et al. (2014). Topical capsaicin (high concentration) for chronic neuropathic pain in adults. Cochrane Database of Systematic Reviews, (2).
- カンナビノイド系薬剤の可能性:Mücke, M., et al. (2018). Cannabis:based medicines for chronic neuropathic pain in adults. Cochrane Database of Systematic Reviews, (3).
- 神経調節療法の有効性:Deer, T. R., et al. (2014). The appropriate use of neurostimulation of the spinal cord and peripheral nervous system for the treatment of chronic pain and ischemic diseases: the Neuromodulation Appropriateness Consensus Committee. Neuromodulation: Technology at the Neural Interface, 17(6), 515:550.
- 再生医療の研究:Huan Jun Lu and Yong Jing Gao (2023). Astrocytes in Chronic Pain: Cellular and Molecular Mechanisms. Neurosci. Bull. March, 39(3):425–439
- 非薬物療法の重要性:Geneen, L. J., et al. (2017). Physical activity and exercise for chronic pain in adults: an overview of Cochrane Reviews. Cochrane Database of Systematic Reviews, (4).