電話越しの相談から見えてくる、お薬たちの不思議な歴史と『偶然の産物』
~くすりを知るシリーズ㉚~
薬剤師 NK
はじめに
店舗販売業のコールセンターで、日々多くのお客様からお電話や電子メールでのご相談を受けています。「このお薬、どうやって使ったらいいの?」「こんな変化があるんだけど、副作用なのか心配……」といった、画面の向こうにある生の声に寄り添うのが私の日常です。
薬剤師として長く現場に立っていると、お薬の歴史の奥深さに改めて気づかされます。実は、今私たちが何気なく手にしている大ヒット薬の多くは、最初からその目的で作られたわけではありません。医学の歴史において、大きなブレイクスルーは壮大な新仮説からだけでなく、「臨床試験や治療現場での思わぬ気付き(セレンディピティ)」から生まれてきた歴史があります。
今回は、男性の健康や日々の生活を支える代表的な4つの「大ヒット薬」の誕生秘話をご紹介します。私たちが普段の生活の中でドラッグストア等で手に取れる一般用医薬品(OTC医薬品)として身近なものもあれば、病院の処方せんを必要とする医療用医薬品まで様々ですが、いずれも医学の歴史を変えた興味深いエピソードを持っています。コールセンターの視点を交えながら、その裏側を覗いてみましょう。
目次
1.心臓の薬から、男性のQOLを支える選択肢へ(シルデナフィル)
(※こちらは日本国内では医師の処方せんが必要な医療用医薬品です)
今や世界中で広く知られているシルデナフィルですが、1990年代の初めに研究者たちが最初にターゲットにしていたのは、心臓の血管でした[1]。
当時、狭心症の治療薬として、ホスホジエステラーゼ5(PDE5)を阻害することで血管を拡張させ、冠動脈の血流を改善するという狙いで臨床試験が進められていました。しかし、肝心の心血管系に対する効果は期待外れに終わります。開発中止の危機とも言える状況の中、試験に参加した患者たちから「予期せぬ効果」が相次いで報告されました。「服用後、なぜか勃起機能が改善する」という声です。
研究者たちはこれを単なる見過ごすべき有害事象として片付けず、陰茎への血流改善という新たな可能性へと視点を切り替えました。こうして1998年に世界初の経口ED治療薬として誕生し、男性のQOL向上に大きく寄与することになりました[1]。さらに現在では、その血管拡張作用を応用して「肺動脈性高血圧症」の治療薬としても使用されており、一つの薬理作用が全く異なるアプローチで複数の疾患を救う好例となっています。
現場の医療従事者としても、硝酸塩系薬剤との併用により重篤な血圧低下を来す禁忌がある点は、日々の安全確認において厳重に注意すべき重要なポイントです。
2.前立腺の治療から、ヘアケアのパートナーへ(フィナステリド)
(※こちらも日本国内では医師の処方せんが必要な医療用医薬品です)
前立腺肥大症(BPH)の治療薬として開発されたフィナステリドも、非常にユニークな経緯をたどっています[2]。
この薬剤は、テストステロンをより強力な活性型ホルモンであるジヒドロテストステロン(DHT)へ変換する5α還元酵素を阻害することで、肥大した前立腺を縮小させ、排尿障害を改善する目的で1980年代に登場しました[2]。
ところが、臨床試験の最中、投与を受けていた患者から「抜け毛が減ってきた」「産毛が生えてきた」という報告が相次ぎました。前立腺を縮小させるためにDHTを抑えたその生体内メカニズムが、皮肉にも(あるいは必然的に)男性型脱毛症(AGA)の進行を抑えるパスウェイと完全に一致していたのです[3]。
その後、低用量のエビデンスが積み上げられ、脱毛症治療薬としても広く承認されることになりました[3]。前立腺という臓器の健康を守るための薬が、結果的に多くの男性のヘアケアの選択肢を広げることになったのは、ホルモン代謝の奥深さを感じさせられます。
3.血圧を下げるはずが、頭皮の頼もしい味方に(ミノキシジル)
(※こちらは日本国内では一般用医薬品(第1類医薬品)として承認されています)
これら以上に「副作用の転用」という言葉を体現しているのがミノキシジルです。
もともとは1970年代に、既存の降圧薬ではコントロールが難しい重症高血圧に対する経口血圧降下剤として開発されました[4]。強力な血管拡張作用によって血圧を下げる薬でしたが、臨床現場で投与された患者たちの体に、ある「変化」が現れます。それが全身の過剰な体毛・発毛でした。
「血圧を下げるための薬なのに、毛が濃くなる」――この強烈なインパクトのある副作用に着目した研究者たちは、成分を頭皮に直接作用させる外用薬へと剤形を変化させ、男性型脱毛症に対する治療薬としての道を切り拓きました[5]。
店舗やコールセンターでお客さまとお話ししていると、このミノキシジル外用薬について「使い始めに一時的に抜け毛が増えた気がして不安で……」というご相談をいただくことがよくあります。そんなときは「お薬がしっかり効いて、古い毛が新しい強い毛に押し出されているサイン(初期脱毛)ですよ」とお伝えして安心感を持っていただくことが、私たちの大切な役割となっています。
4.胃薬の“おまけ”がホルモン代謝に一石を投じた「シメチジン」
(※こちらは日本国内では一般用医薬品や医療用医薬品として承認されています)
消化器系の領域でも、臨床の現場から思わぬ発見をされた有名な薬があります。それが胃潰瘍治療薬として1970年代に登場したシメチジンです[6]。
胃酸の分泌を強力に抑えるH2受容体拮抗薬として、多くの胃腸の不調に悩む人々を救った大ヒット薬ですが、臨床現場や男性患者の間で、長期投与による特異な副作用が報告されるようになりました。それが女性化乳房や性欲減退といった、男性ホルモンのはたらきに関連する変化です。
研究の結果、シメチジンには男性ホルモン(アンドロゲン)の受容体に結合してその働きを競合的に阻害する作用があることが判明しました[7]。この「ホルモンを抑える」という意外な作用の裏返しに着目し、一時は多毛症や関連する領域での応用が検討されるなど、消化器の薬でありながらホルモン分野のメカニズムに大きな影響を与えた興味深い歴史を持っています。
5.コールセンターの現場から思うこと
これら4つの薬剤のストーリーに共通しているのは、「患者さんや生活者からのリアルな声」を、医療関係者や研究者たちが決して聞き逃さなかった点にあります。
今回ご紹介した薬の中には、病院で医師の診察と処方が必要なものもあれば、薬局やドラッグストアで薬剤師から直接ご購入いただける一般用医薬品もあります。それぞれの法的な位置づけや使い方は異なりますが、店舗やコールセンターでお客さまとお話ししていると、添付文書やマニュアルには書かれていない「実際の生活の中での気づき」や「ちょっとした不安のサイン」に触れることが多々あります。
そうした生の声に耳を傾け、お薬の背景にあるストーリーや正しいメカニズムを分かりやすくお伝えすることこそが、カウンセリングの現場やコールセンターの向こうにいる薬剤師の価値だと感じています。
お薬について「これってどういうことだろう?」と疑問に思ったときは、ぜひいつでも私たちコールセンターの薬剤師にお気軽にご相談くださいね。

※写真はすべてイメージ
【参考文献】
1. Goldstein I, Burnett AL, Rosen RC, Parker AR, McMurray JM. The serendipitous story of sildenafil: an oral treatment for erectile dysfunction. N Engl J Med. 1998;338(20):1397-1404.
2. Gormley GJ, Stoner E, Bruskewitz RC, et al. The effect of finasteride in men with benign prostatic hyperplasia. N Engl J Med. 1992;327(17):1185-1191.
3. Kaufman KD, Olsen EA, Whiting D, et al. Finasteride in the treatment of men with androgenetic alopecia. J Am Acad Dermatol. 1998;39(4 Pt 1):578-589.>
4. DuCharme DW, Freyburger WA, Graham BE, Charlier R. Pharmacologic properties of minoxidil: a new hypotensive agent. J Pharmacol Exp Ther. 1973;184(3):662-670.
5. Olsen EA, Weiner MS, Delong ER, Pinnell SR. Topical minoxidil in early male pattern baldness. J Am Acad Dermatol. 1985;13(2 Pt 1):185-192.
6. Brimblecombe RW, Duncan WA, Durant GJ, Emmett JC, Ganellin CR, Parsons ME. Cimetidine—a non-thiourea H2-receptor antagonist. J Int Med Res. 1975;3(2):86-92.
7. Funder JW, Mercer JE. Cimetidine is an androgen antagonist. J Clin Endocrinol Metab. 1979;48(1):189-191.


