くすりを知るシリーズ⑫

薬剤師 NK

コレステロールと中性脂肪の真実〜薬でコントロールする時代へ〜


「コレステロールは悪者?」「中性脂肪って本当に体に悪いの?」

 

健康診断の結果を見て、こんな疑問を持ったことはありませんか?
実は、コレステロールや中性脂肪は生きていく上で欠かせない大切な存在です。ただし、“過ぎたるは及ばざるが如し”。これらが多すぎると、動脈硬化が進み、心筋梗塞や脳卒中のリスクがグンと上がってしまうのです。そこで登場するのが、脂質異常症の治療薬。特に、「スタチン」と「エゼチミブ」は、長年にわたり多くの人の健康を支えてきた薬ですが、どのように生まれ、どんな働きをするのでしょうか? そして、AIやビッグデータの時代に、新たな進化はあるのでしょうか?



 

1. コレステロールと中性脂肪の役割 〜悪者扱いするのはちょっと待った!〜

 

コレステロールは細胞膜の材料となるほか、ホルモン・ビタミンD・胆汁酸の原料にもなる体に不可欠な脂質です。実は、お肌の調子が良いのもコレステロールが体内で適切に利用されている証拠です。過不足のない摂取が美容と健康の土台となります。

一方、中性脂肪は体にとってのエネルギーの備蓄庫です。食事から摂った余分なエネルギーは中性脂肪として脂肪細胞に蓄えられ、食事の間隔が空いたり、運動したりすると、この中性脂肪が分解されてエネルギーとして使われます。非常時に備えて体が準備した「貯金」のようなもので、生き延びるためのエネルギー源として不可欠な役割を担っています、コレステロールと同じように「多すぎても少なすぎても問題がある」のです。
では、なぜ「悪者」にされてしまうのでしょうか? それは、これらの値が高くなりすぎると血管の壁に蓄積し、動脈を硬くしてしまうからです。特にLDL(悪玉)コレステロールは、血管内に沈着しやすく、動脈硬化を引き起こす主要因とされています。一方、HDL(善玉)コレステロールは血管内の余分なコレステロールを回収し、動脈硬化を防ぐ働きをします。
つまり、大切なのは「バランス」。「コレステロールや中性脂肪=悪いもの」と思い込まず、健康的なバランスを保つことを意識しましょう!

 

コレステロールと中性脂肪はバランスが大事!

 

・コレステロールは、細胞やホルモンの材料になる大事な成分
・悪玉コレステロールが多すぎると、動脈硬化のリスクが上がる
・中性脂肪はエネルギーの備蓄庫だけど、多すぎると血液ドロドロに…
・でも、低すぎると疲れやすくなったり、ホルモンバランスが乱れたりする
・食事や運動でバランスを整え、それでもダメなら医師と相談して薬を検討



 

2. スタチン類とエゼチミブの誕生秘話 〜偶然と努力が生んだブレイクスルー〜

 

スタチン類の歴史は、日本人科学者の発見から始まりました。
1970年代、遠藤章博士(2024年6月、90歳でご逝去)がカビの一種(青カビ)から「HMG-CoA還元酵素を阻害する物質」を発見しました。これがスタチンの原点です。HMG-CoA還元酵素はコレステロール合成の初期段階に関わる重要な酵素で、ここをブロックすることで体内(肝臓)のコレステロール生合成が大幅に減少します。しかし、最初に発見された化合物は動物実験で毒性が認められ、一度は開発が頓挫しました。それでも改良を重ね、最終的に安全で効果的なスタチンが誕生しました。この研究がなければ、現在の脂質異常症治療は大きく遅れていたでしょう。
遠藤博士らによって最初に発見されたメバスタチン(1973年)は製品化に至りませんでしたが、メルク(MSD)社によってロバスタチンが1987年に初めて製品化され、現在7種類のスタチンが日本および海外の製薬会社から医薬品として販売されています。
スタチンは、コレステロールの根本的な合成を阻害し、直接的な効果を発揮することに加えて、LDL受容体という体の調整機構を利用してさらなる効果を生むこと、大規模臨床試験で実際に心血管のリスクを低下させることが証明されたことにより、脂質異常症治療を大きく変えたブレイクスルーとなりました。

一方、エゼチミブの開発は腸からのコレステロール吸収を阻害するという全く新しい発想からでした。研究者たちは、「コレステロールはどこで吸収されるのか?」という疑問を追求し、NPC1L1という輸送タンパク質にたどり着きました。これをブロックすることで、食事由来のコレステロールの吸収を防ぐ薬が完成したのです。スタチンが体内でのコレステロール合成を抑えるのに対し、エゼチミブは食事由来のコレステロールの吸収を阻害するため、異なる作用機序を持つ脂質異常症治療薬として大きな注目を集めました。シェリング・プラウ(Schering Plough)社によって研究開発され、2002年末にFDAによって市販を許可され、本邦では2007年に製造承認されました。



 

3. どうやって使い分ける? ガイドラインの位置づけ

 

日本動脈硬化学会のガイドラインでは、スタチンとエゼチミブはそれぞれこんな位置づけになっています。
スタチン類:LDLコレステロール(LDL-C)を下げる最も基本的な薬。心筋梗塞や脳卒中の発症リスクが明確に低下することが証明されており、心血管疾患のリスクが高い人には強力なスタチンが推奨されています。
エゼチミブ:スタチン類だけでは十分な効果が得られない場合や、副作用でスタチンを増やせないときに追加されます。
併用療法:スタチン類とエゼチミブを組み合わせることで、より強力にLDL-Cを下げます。
「スタチンだけでいいのでは?」と思うかもしれませんが、スタチンは肝臓でのコレステロール合成を抑える一方、エゼチミブは腸での吸収を防ぐため、両方を組み合わせると相乗効果が得られるのです。



 

4.LDLコレステロールの管理は「リスク評価」が重要




 

LDLコレステロール(LDL-C)の管理目標は、心血管疾患(動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中など)のリスクの高さ によって異なります。
リスクが低い場合(喫煙歴なし、糖尿病なし、高血圧なし、家族歴なし)
→ LDL-C 160mg/dL未満が目標なので、現時点で薬を使って140mg/dLまで下げる必要はないかもしれません。
リスクが中等度の場合(軽度の高血圧や家族歴あり)
→ LDL-C 140mg/dL未満が目標なので、食生活や運動での改善を検討するのはアリ。
リスクが高い場合(糖尿病、狭心症、高血圧がある、または家族に若くして心疾患の人がいる)
→ LDL-C 120mg/dL未満が目標なので、医師と相談して薬の使用を検討する。
特にリスクが高い場合(過去に心筋梗塞や脳卒中を経験している)
→ LDL-C 100mg/dL未満が推奨される。

健康診断で問題なしなら「経過観察」が基本
・頸動脈エコー で動脈硬化の進行がないかチェック
・冠動脈CT(必要なら) で動脈の石灰化がないか確認
・中性脂肪・HDLコレステロール のバランスも考慮
これらに異常がなく、特に健康上のトラブルがないならば、無理に薬で下げる必要はない可能性が高いです。動脈硬化のチェックをしつつ、生活習慣で無理のない範囲でコントロールを考えるのが良いでしょう。気になる場合、医師に「自分のリスクに合った管理目標はどのくらいか」を確認するのがおすすめです。



 

5. AIとビッグデータで薬はどう進化する?

 

AIやビッグデータの活用で、脂質異常症治療の未来はどう変わるのでしょうか?
① AIが新しい薬を発見する時代:創薬AIが過去のデータを解析し、副作用が少なく、より効果的な化合物を発見するでしょう。
② 個別化医療(プレシジョン・メディシン)の進化:遺伝子や生活習慣データを基に、最適な薬の組み合わせや投与量をAIが提案するでしょう。
⓷ 副作用リスクを事前に予測:ビッグデータを用いて、どの患者にどんな副作用が出やすいかを予測し、適切な薬を選択できるでしょう。

こうした技術が進めば、「あなたに最適な脂質異常症治療」が実現し、より安全で効果的な治療が可能になるでしょう。

 

【参考資料】
1. 日本動脈硬化学会 『動脈硬化性疾患予防ガイドライン』 2022年版
2. Endo, A. The origin of the statins. Atherosclerosis Supplements, (2008). 9(1), 2-14.
3. 遠藤章.史上最大の新薬「スタチン」の誕生. ファルマシア(2006). 42:1089-1091.
4. Davis, H. R., et al. Niemann-Pick C1 Like 1 (NPC1L1) is the intestinal phytosterol and cholesterol transporter and a key modulator of whole-body cholesterol homeostasis. Journal of Biological Chemistry, (2004). 279(32), 33586-33592.
5. Lipid Research Clinics Program The Lipid Research Clinics Coronary Primary Prevention Trial results. JAMA, (1984). 251(3), 351-374.
6. Scandinavian Simvastatin Survival Study (4S) . Randomized trial of cholesterol lowering in 4444 patients with coronary heart disease. The Lancet, (1994).344(8934), 1383-1389.
7. Cannon, C. P., et al. Ezetimibe added to statin therapy after acute coronary syndromes. New England Journal of Medicine, (2015). 372, 2387-2397.
8. Ference, B. A., et al. Low-density lipoproteins cause atherosclerotic cardiovascular disease. 1. Evidence from genetic, epidemiologic, and clinical studies. A consensus statement from the European Atherosclerosis Society Consensus Panel. European Heart Journal, (2017).38(32), 2459-2472.
9. Mach, F., et al. 2019 ESC/EAS Guidelines for the management of dyslipidaemias: lipid modification to reduce cardiovascular risk.
European Heart Journal, (2020). 41(1), 111-188.