SHRの発見から最新の高血圧治療まで:高血圧研究の半世紀
~くすりを知るシリーズ㉑~
薬剤師 NK
はじめに:高血圧研究のブレイクスルー
高血圧は、心筋梗塞や脳卒中といった致命的な疾患の最大の危険因子であり、「サイレントキラー(静かなる殺人者)」の異名を持ちます。しかし、この“静かなる脅威”の正体を暴き、克服への道を切り拓いたのは、ある小さなラットの存在でした。
1960年代、京都大学の岡本耕造博士らによって確立された高血圧自然発症ラット(SHR:Spontaneously Hypertensive Rat)。このモデル動物の誕生は、まさに高血圧研究の歴史における夜明けでした。
以後、SHRを用いた研究によって高血圧の機序は飛躍的に解明され、数々の降圧薬が生まれていきます。
本稿では、岡本博士の発見から家森幸男 京都大学名誉教授らによる研究の発展、そして現代の最先端治療までを、薬剤師の視点で振り返ります。
目次
第1章:高血圧モデル動物SHRの誕生とその功績
SHRの発見
SHRは、ウィスター京都(WKY)ラットの中から高血圧個体を選び抜き、交配を重ねることで1963年に誕生しました。特別な操作を加えなくても自然に高血圧を発症するこのラットは、ヒトの本態性高血圧を再現する“奇跡のモデル”でした。
SHRSPの開発と家森教授の功績
その10年後、家森幸男博士(現・名誉教授)は、さらに重度の高血圧と脳卒中を高率に発症する系統、脳卒中易発症高血圧自然発症ラット(SHRSP: Stroke-Prone SHR)を樹立します。
SHRSPは、世界中の研究者にとってヒトの高血圧性脳血管障害を研究するための標準モデルとなり、脳卒中予防効果をもつ降圧薬の開発に欠かせない存在となりました。これらの研究を通して、高血圧は単なる血圧上昇ではなく、RA系(レニン・アンジオテンシン系)の異常、自律神経の過活動、血管内皮機能の障害といった複雑なネットワークの乱れによって起こることが明らかになりました。
第2章:SHR研究がもたらした治療薬の進化
SHRとSHRSPの登場は、まさに降圧薬開発のエンジンでした。数多の薬剤クラスが、この小さなモデル動物の“示唆”から生まれています。
1. RA系阻害薬
SHRSPの研究は、RA系の異常が高血圧の根幹にあることを明確にしました。これを標的とする薬剤は、高血圧治療の主軸です。
・アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬
・アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)
これらは単なる「血圧を下げる薬」から「臓器を守る薬(心腎保護)」へと進化し、長期予後改善に大きく貢献しています。
2. カルシウムチャネル拮抗薬(CCB)
血管平滑筋へのカルシウム流入を抑制して血管を拡張するCCBは、日本人の体質にも合致し、現在も第一選択薬の一角を担っています。
3. 利尿薬とミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)
体内の水分・塩分を排出する利尿薬に加え、アルドステロンの作用を遮断して臓器の線維化を防ぐMRAが、特に抵抗性高血圧や心不全合併例で重要視されています。

第3章:高血圧研究の最前線 ― 次なる半世紀へ
現代の高血圧治療は、薬理学・デジタル技術・遺伝子医療が融合する新時代を迎えています。
1. 難治性高血圧への挑戦と新薬
既存薬3剤以上でも制御できない難治性高血圧に対し、二重内皮受容体拮抗薬(DERA)であるアプロシテンタン(本邦未承認)が登場しました。エンドセリン経路を強力に抑制し、頑固な高血圧をも打ち砕く新星として期待されています。
2. RNA干渉(RNAi)治療薬と持続性製剤
遺伝子レベルで血圧上昇物質の産生を抑えるRNAi治療薬(例:ジレベシラン(本邦未承認))は、数ヵ月に一度の皮下投与で降圧効果を維持できる可能性を秘めています。これは「毎日服薬」から「数ヵ月に一度管理する時代」への治療パラダイムの変革を意味します。
3. デジタルヘルスの進化
スマートフォンを用いたデジタル療法(DTx)も高血圧管理の新しい仲間です。「CureApp HT」などのアプリを用い、患者が食事・運動・血圧を記録し、医師とデータ共有することで、“共に治す”時代が始まっています。
4. 基礎研究の進展とSHRの役割
SHRは、その再現性の高さと蓄積された膨大なデータにより、今後も本態性高血圧研究のゴールドスタンダードとして使用され続けます。
また、SHRを用いた血圧測定法も進化しており、体内に送信機を埋め込むテレメトリーシステムにより、動物にストレスを与えず24時間の血圧変動を正確に把握することが可能になり、創薬の精度が飛躍的に向上しています。
結び:薬剤師の灯として
日本発のSHRは、半世紀にわたり世界の高血圧研究を導いてきました。その成果の上に立つ今、私たち薬剤師は「次の半世紀」を患者様とともに歩む使命を担っています。
新しい薬(RNAi治療薬)、新しい技術(DTx、テレメトリー)、そして何よりも人の生活に寄り添う視点をもって、「一人ひとりの血圧の先にある“人生”を支える」ことが、我々の役割です。
高血圧治療の物語は、まだ終わりません。SHRが教えてくれた「探究のこころ」と「希望の血流」を胸に、薬の力と人の力で、静かなる敵に挑み続けましょう。
【参考文献】
1. 岡本 耕造, 青木国雄. Development of a Strain of Spontaneously Hypertensive Rats. Jpn Circ J, 27(3): 282-293, 1963
2. 家森 幸男 ほか. Establishment of the stroke prone spontaneously hypertensive rats (SHR). Circ. Res. 34-35(Suppl 1): 143-153, 1974
3. 日本高血圧学会高血圧治療ガイドライン作成委員会. (2019). 高血圧治療ガイドライン 2019. ライフサイエンス出版; 2019.
4. Aprocitentan, an endothelin receptor antagonist for resistant hypertension Weidman-Evans E, et.al JAAPA, 39(1):18-20., 2026
5. Lemine M, et al. Zilebesiran and Hypertension: A Systematic Review and Meta-analysis J Saudi Heart Assoc, 36(4):420-430. 2024
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