からだの声を聴く肥満治療 ― 食欲と代謝を整えるホルモンの力
~くすりを知るシリーズ⑳~
薬剤師 NK
はじめに― 肥満は、からだからのメッセージ
「最近、体重が増えたな」
――そんなとき、からだは静かにSOSを出しています。肥満は見た目だけの問題ではなく、糖尿病・高血圧・脂質異常症など、生活習慣病の入り口ともいわれます。
けれど肥満を「敵」とみなすのではなく、からだがどんなバランスを崩しているのかを知ることが大切です。今回は、注目されるホルモンGLP-1やGIPの働き、それを利用した薬、そして漢方や生活習慣との関わりをやさしく解説します。
目次
1. 肥満とは
― 数字だけで測れない「代謝の質」
日本ではBMI25以上を肥満としますが、同じBMIでも健康リスクは人によって違います。特に注意が必要なのは「内臓脂肪型肥満」。お腹の奥に脂肪がたまるタイプで、糖尿病や動脈硬化を引き起こしやすいとされます。
一方、高齢者に多いのが「サルコペニア肥満」。筋肉が減って基礎代謝が落ち、脂肪だけが残るタイプです。肥満の評価では体重より“代謝の状態”を見極めることが鍵となります。
2. 食欲と代謝をつかさどるホルモン
― GLP-1とGIP
食事をすると小腸から**インクレチン(incretin)**と呼ばれるホルモンが分泌されます。その代表がGLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)とGIP(胃抑制ポリペプチド)です。
GLP-1の役割
・食欲中枢に働き、満腹感を高める
・胃の動きをゆっくりにし、血糖上昇を抑える
・膵臓β細胞を刺激し、インスリン分泌を促す
つまりGLP-1は「もう食べたよ」と脳に知らせる“満腹ホルモン”です。
GIPの役割
・食後のインスリン分泌を助ける
・脂肪細胞での蓄積や燃焼を調整
・骨や筋肉にも作用し、代謝バランスを保つ
GIPは以前“太りやすくするホルモン”と誤解されていましたが、適切に働けば脂肪燃焼も促します。

3. 肥満治療薬の最前線
― ホルモンの力を借りてやさしく整える
・GLP-1受容体作動薬(セマグルチド:ウゴービ®)
2023年、日本でも肥満症に承認された新しい注射薬で、食欲を自然に抑え、週1回の注射で体重を10〜15%減少させる効果が報告されています。吐き気などの副作用もありますが、多くは軽度です。
・GIP/GLP-1二重作動薬(チルゼパチド:マンジャロ®)
GLP-1に加え、GIP(胃抑制ポリペプチド)という両ホルモンの受容体を刺激する新薬で、脂肪組織や膵臓にも働きかけ、エネルギー代謝を効率化します。体重の20%近く減少した例も。日本では糖尿病薬ですが、海外では肥満治療薬として承認が進んでいます。
・一般用医薬品「アライ®」
唯一のOTC肥満治療薬。有効成分オルリスタットが食事中の脂肪吸収を25%カットします。低脂肪食と併用すれば効果的ですが、油分の多い食事で便が緩くなることもあります。薬局で購入できる唯一のOTC肥満薬ですが、食事と運動を前提に使うことがポイントです。
4. 東洋医学の視点
― 「気・血・水」の巡りを整える漢方薬
漢方では肥満を「余分なものが体内に滞っている状態」と見ます。漢方は体質とリズムをゆるやかに整える“からだの調律薬”です。
・防風通聖散(ぼうふうつうしょうさん)
「内臓脂肪型肥満」に向く代表薬。便通を整え、脂質代謝を促す作用があります。血圧が高い方や、便秘がちで赤ら顔のタイプに適しています。
・防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)
「水太りタイプ」に用います。むくみやだるさがあり、汗をかきやすい人に向く穏やかな処方です。
・大柴胡湯(だいさいことう)
ストレス太り、イライラ食い、胃の張りが強い方に。肝の働きを整え、余分な熱と脂肪を流す“気の巡り薬”です。
これらは体質や症状に合わせて選ぶもので、自己判断ではなく薬剤師に相談するのが安全です。
5. 研究の最前線
― 腸と脳、そして地球がつながる
腸は「第二の脳」と呼ばれ、GLP-1やGIPを介して脳と対話しています。食事後、腸が「もう満足したよ」と脳に伝える仕組みは、意志ではなくホルモンの調和。肥満は“心の弱さ”ではなく、代謝のバランスの問題なのです。
近年は腸内細菌もこの連絡網に関与しており、腸内環境を整えることが肥満予防に役立つ可能性があります。発酵食品や食物繊維を意識してとることが、薬に頼らない第一歩になるでしょう。さらに、2025年8月に発表された最新研究(ESC Congress 2025)では、抗肥満薬の使用が心不全患者の生命予後を改善し、医療に伴う温室効果ガス排出を減らすことが報告されました。
肥満治療が「個人の健康」だけではなく、「地球の健康」までも支える時代が始まっています。
6. ゆるやかに整える生活習慣
― 小さな習慣がホルモンを育てる
薬の力も、生活の土台があってこそ輝きます。
・夜更かしを減らし、7時間前後の睡眠をとる
・食事の“時間”を整え、夜遅く食べない
・「食べる=栄養をもらう」と意識し、ゆっくり噛む
・体重よりも「今日の体調」を観察する
ホルモンはリズムの生き物。無理なダイエットより“整える暮らし”が長続きする健康の鍵です。
まとめ
― 肥満は、未来へのリセットボタン
肥満は「悪」ではなく、「からだのバランスが崩れた」というサイン。
GLP-1やGIPのように、からだには本来“自らを整える力”があります。薬や漢方、そして暮らしの工夫を通して、その力を目覚めさせること――それが真の治療です。
今日からできる一歩、「昨日より少し軽やかに」。その積み重ねが、あなたと地球をやさしく変えていきます。
【参考文献】
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