生活習慣病治療薬とクロノセラピー
―体内時計と薬理リズム、そしてセルフメディケーションの調和 ―
~くすりを知るシリーズ⑲~
薬剤師 NK
はじめに
夜明け前、体はゆっくりと交感神経を高め、心拍と血圧を上げながら新しい日を迎えます。この体内時計(サーカディアンリズム)は、私たちの代謝や薬物応答をも律する精密な指揮者です。
私たちの体は「時計仕掛けの楽団」とも言えます。ホルモン分泌、血圧、代謝、血小板活性――すべてが昼と夜で旋律を変えます。薬の投与時刻を調整する「クロノセラピー(時間薬理学)」は、このリズムに寄り添う工夫です。とはいえ近年の大規模試験では「朝か夜かで大きな優劣はない。むしろ続けられる時間が最重要」とされており、患者ごとの実生活に合わせることが基本となっています。

目次
降圧薬:
服薬時刻よりも「継続」が鍵
かつて、「夜に降圧薬を服用すれば心血管イベントが減る」との報告が医療界を賑わせましたが、2022年に発表された TIME試験(Treatment in Morning versus Evening)では、朝服用群と夜服用群で主要心血管アウトカムに有意差が認められませんでした。この結果を受けて、「服薬時刻よりもむしろ、その時間に毎日続けられるかどうかが最も重要」とする臨床的見地が強まりました。
ただし一方で、利尿薬(例:フロセミド、トリクロルメチアジド)は夜間頻尿・転倒リスクを避けるため、「朝または日中服用」が実務的には推奨されています。これは添付文書上も指示が明示されているわけではありませんが、臨床上の注意点として妥当です。
スタチン系薬:
夜間コレステロール合成に合わせる
コレステロール合成酵素(HMG-CoAレダクターゼ)は夜間に活性化するため、短時間作用型スタチン(シンバスタチン)では「夕食後または就寝前に1回」という服用指示が添付文書に記載されています。
一方、長時間作用型(例:アトルバスタチン、ロスバスタチン)では「1日1回、服用時間の指定なし」という記載が主流であり、臨床的には「継続しやすい時間帯での服用を優先」する考え方が支持されています。短時間型では夜が優位というメタ解析も報告されています。
糖尿病治療薬:
生活時間と消化代謝リズムへの同調
メトホルミン:添付文書では「食後投与」が基本で、これは消化器副作用を軽減しつつ、夜間肝糖産生を抑制する時間薬理的理論にも合致します。
SGLT2阻害薬(エンパグリフロジン等):添付文書では「朝1回服用」とされ、利尿作用による夜間頻尿回避に配慮しています。
GLP-1受容体作動薬(リラグルチド等):服用時間は固定されていませんが、「毎日同時刻に投与」というリズム維持が推奨されます。これは体内時計との同調を図る実務的指針といえます。
抗血小板薬(アスピリン):
朝の嵐を鎮める夜の一粒
低用量アスピリンには添付文書上、「服用時間を指定する」という記載は少ないものの、研究的には「就寝前服用により翌朝の血小板活性およびモーニングサージ(早朝血圧上昇)を抑制する可能性」が示唆されています。
ただし、夜間の胃酸分泌増加や胃粘膜への負担を考えると、「胃障害リスクのある患者では朝または食直後の服用」といった選択肢も検討が必要です。
一般用医薬品とサプリメント:
日常リズムへの調和
OTC薬や機能性表示食品も、服用時刻と体内リズムの関係を考慮することで効果と安全性が向上します。
例えば:
イブプロフェンなどの非ステロイド性鎮痛薬:「空腹時・就寝前の服用を避け、必ず食後または朝食後」という添付文書の注意に沿って、消化器障害の軽減が期待されます。植物ステロール含有食品や難消化性デキストリン等の機能性表示食品は、「食後すぐに摂取することで食後血中脂質および血糖スパイクを抑える」という実証的知見があります。サプリメント(例:イチョウ葉、ニンニク)等は、「抗血小板薬などと併用した場合、出血傾向を増す可能性」が報告されており、薬剤師が併用確認を行うべきです。
ビタミン剤(OTC)とクロノセラピー
比較的安全域の広いビタミン剤であっても、時間薬理を意識することで生活への寄り添いが深まります。
ビタミンB群(B₁、B₆、B₁₂):代謝・神経伝達に関与するため、「朝〜昼に服用することで日中のエネルギー代謝を支える」という考え方があります。夜付近に大量に摂ると、稀に覚醒促進となり睡眠を妨げる可能性も指摘されています。
ビタミンC:水溶性で吸収に大きな時間差はありませんが、利尿作用を考慮すると「夜遅くの高用量摂取は夜間排尿を増やす可能性あり」という視点があります。
ビタミンD・Eなど脂溶性ビタミン:食事(特に脂質含有)とともに摂ることで吸収率が高まるため、夕食後に摂取するケースもありますが、時間の固定化+継続性こそが鍵です。
OTC薬でも体内リズムとの親和性を意識することが望まれます。これらはすべて、添付文書の「食後服用」「用法・用量」記載の範囲内で実践しましょう。
まとめ
「薬も栄養も、からだの時間に寄り添うこと」が、セルフメディケーションの成熟した形といえるでしょう。
クロノセラピーの核心は、「科学的に正しい時間」よりも「その人が守れる時間」に薬と生活リズムを寄せることです。
「薬は体のリズムと共に奏でる音符。あなたの1日の中で、無理なく続けられる時間に服用してください。」
【参考文献】
1. Mackenzie IS et al. Cardiovascular outcomes in adults with hypertension with evening versus morning dosing of usual antihypertensives in the UK (TIME Study): a prospective, randomised, open-label, blinded-endpoint clinical trial. Lancet. 2022;400(10361):1417-1425.
2. Awad K et al. Effects of morning versus evening statin administration on lipid profile: a systematic review and meta-analysis. J Clin Lipidol. 2017;11(3):745-755.
3. Awad K et al. The optimal time of day for statin administration: a review. Curr Pharmacol Rep. 2018;4(3):142-150.
4. Hermida RC et al. Circadian rhythms in blood pressure regulation and optimization of hypertension treatment with ACE inhibitors and ARBs. Curr Opin Nephrol Hypertens. 2007;16(5):439-446.
5. Scheen AJ et al. Metformin revisited: a critical review of its benefits and limitations in type 2 diabetes and beyond. Diabetes Metab. 2013;39(4):233-245.
6. Bonten TN et al. Time-dependent effects of aspirin on blood pressure and blood pressure variability: a systematic review and meta-analysis. J Hypertens. 2015;33(11):2121-2129.
7. Mancia G et al. 2023 ESH Guidelines for the management of arterial hypertension The Task Force for the management of arterial hypertension of the European Society of Hypertension. J Hypertens. 2023;41(12):1874-2071.
8. Ministry of Health, Labour and Welfare (Japan). Food with Health Claims. Available from:https://www.mhlw.go.jp/english/topics/foodsafety/fhc/02.html
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