癒やしと苦痛のはざまで
― 映画『グリーンマイル』から考える薬と人間の尊厳、そしてセルフメディケーション ―

~くすりを知るシリーズ⑰~
薬剤師 NK

 

映画『グリーンマイル』が問いかけるもの

久しぶりに映画『グリーンマイル』を観ました。舞台は死刑囚監房。そこに現れる大男ジョン・コーフィは、不思議な癒やしの力を持っていました。彼は他人の病や苦しみを吸い取り、自分の体に引き受けることで癒やしてしまうのです。その姿は、まるで薬そのものを象徴しているように思えます。映画のラストは重苦しくも崇高で、観る者に深い問いを残します。「癒やしとは何か」「人間の尊厳とは何か」。これらは医療に携わる私たち薬剤師にとっても決して他人事ではなく、日々の業務の根底に流れているテーマです。

 

薬は光と影を併せ持つ存在

薬は人の痛みを和らげ、時に命を救う小さな奇跡を起こします。しかしその裏には必ず「副作用」という影が存在します。鎮痛薬は痛みを抑える一方で胃を荒らすことがあり、抗がん薬はがん細胞を攻撃する一方で正常細胞にも影響を及ぼします。ワクチンもまた、感染症から守る一方で副反応を生じることがあります。
つまり薬は、ジョン・コーフィが癒やしを与える代わりに自ら苦痛を背負ったように、光と影を同時に内包する存在なのです。薬剤師の役割は、この「代償」を最小限に抑えつつ、薬の力を最もよい形で患者さんに届けることにあります。

 

薬剤師が担う「舵取り」の役割

 

用量調整、飲み合わせの確認、副作用の早期発見――これらはいずれも薬剤師が行う重要な業務です。薬は単なる化学物質の集合体ではなく、正しく使われて初めて「癒やしの道具」となるのです。
例えば高齢者では、腎機能が低下している場合に通常量の薬を使うと予期せぬ副作用が現れることがあります。あるいは市販薬の解熱鎮痛薬と処方薬の抗血小板薬を併用した結果、出血リスクが高まることもあります。こうした危険を未然に防ぐことが、薬剤師の専門性の核心です。




 

尊厳を守る医療と終末期のケア

『グリーンマイル』はまた、「人間の尊厳」という普遍的なテーマを問いかけています。死刑囚であっても人は最期まで人らしく生きる権利を持つ。この視点は、医療の現場でも同じであり、特に終末期医療において重要です。
がん患者さんの苦痛を和らげるために用いられるオピオイド鎮痛薬は、延命よりも「QOL(生活の質)」を重視します。痛みから解放されることで、人は穏やかな時間を過ごし、最期の瞬間まで自分らしく生きることができるのです。薬剤師はその緩和ケアの一端を担い、医師や看護師と協力して患者さんの最期を支えます。

 

未病とセルフメディケーションの重要性

「癒やしの力」は決して医療の場だけにあるわけではありません。私たち一人ひとりの生活の中にも、それを実践できる機会があります。それが「未病」と「セルフメディケーション」の考え方です。病気に至る前に体調の変化に気づき、生活習慣を整えたり、OTC医薬品(市販薬)を活用したりすることで、健康を守ることができます。たとえば軽度の胃の不快感には制酸薬やH2ブロッカー配合薬、不眠気味のときには生薬系の睡眠改善薬、肩こりや腰痛には外用鎮痛消炎薬が選択肢となります。



 

高齢者におけるリスクと薬剤師の伴走

特に高齢者にとってセルフメディケーションは重要であり、同時にリスク管理が不可欠です。眠気を引き起こす薬は転倒の危険を増やし、NSAIDsは腎機能や胃腸への負担を増大させます。ポリファーマシー(多剤併用)によって思わぬ副作用が現れることも少なくありません。薬剤師が介在することで、こうしたリスクを未然に防ぎ、安全にセルフメディケーションを実践することが可能になります。薬剤師は「販売者」ではなく「伴走者」として、高齢者を支える存在であるべきなのです。

 

読者への提案:「小さなグリーンマイル」を歩む

日々の生活の中で、睡眠・運動・食事といった基本的な健康習慣を整え、市販薬を賢く活用することは、未来の自分を守るための「小さなグリーンマイル」を歩むことに他なりません。映画の中で人々が苦しみから解放され、尊厳を保ちながら最期を迎えたように、私たちも日々の選択の中で「癒やしと尊厳」を育むことができます。そして薬剤師は、その道をともに歩む案内人です。



 

結び ― 癒やしと尊厳を支える使命

『グリーンマイル』は観る者に「癒やしとは何か」を問いかけ、人の尊厳を守ることの大切さを伝えます。そして私たち薬剤師にとっても、薬の力を過信するのではなく、光と影を見極めながら人に寄り添うことの意義を再確認させてくれる物語です。癒やしと苦痛のはざまで揺れる人間の営み。その先にある「尊厳」という光を見据えて、薬学の力をどう活かすか――それは私たち薬剤師に与えられた永遠の課題であり、同時に大いなる使命なのです。





 

【参考資料】
1. Brunton LL, Hilal-Dandan R, Knollmann BC, editors. Goodman & Gilman’s The Pharmacological Basis of Therapeutics. 13th ed. New York: McGraw-Hill; 2018.
2. Katzung BG, Vanderah TW. Basic & Clinical Pharmacology. 15th ed. New York: McGraw-Hill; 2021.
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4. World Health Organization. Cancer Pain Relief. 2nd ed. Geneva: WHO; 1996.
5. 日本緩和医療学会. がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン. 東京: 金原出版; 2020.
6. 厚生労働省. 人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン[改訂版]. 東京: 厚生労働省; 2018.
7. 厚生労働省. 健康日本21(第二次). 東京: 厚生労働省; 2012.
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9. World Health Organization. The role of the pharmacist in self-care and self-medication. Geneva: WHO; 1998.
10. 厚生労働省. セルフメディケーション推進資料. 東京: 厚生労働省; 2022.
11. 日本OTC医薬品協会. OTC医薬品の適正使用に関する提言. 東京: 日本OTC医薬品協会; 2021.
12. 厚生労働省. 一般用医薬品のリスク区分と安全使用について. 東京: 厚生労働省; 2020.
13. 佐藤健太郎. 世界史を変えた薬. 東京: 講談社ブルーバックス; 2015.